遠くの平和は「売り」?イラン核問題のその先
相場格言のひとつに、
「遠くの戦争は買い」というものがあります。
第1次世界大戦の際、主戦場から遠く離れた米国と日本は、
物資の供給基地となって大儲けし、空前の好景気に沸きました。
その後の反動で、世界恐慌や昭和恐慌につながったわけですが、
確かに「遠くの戦争」はバブルを引き起こしたのです。
今は、当時と事情が大きく違っており、
この格言は「死語」となったようです。
数千兆円もの投資マネーが国境をまたいで瞬時に移動し、
「リスクオン」と「リスクオフ」を繰り返す今、
主要国を巻き込む戦争の危機は、
遠い近いは関係なく、まずは「売り」材料になると考えていいでしょう。
ウクライナ危機しかり、日本の尖閣問題しかり、
新たな材料が出るたびに、世界中の相場が緊張します。
では、平和になると買いなのか?というと、
たいがいはそうなのですが、
来月にも最終協議案が出ると言われる、
イランの核問題だけは
ちょっとややこしい状況を引き起こすかもしれません。
安保理常任理事国とドイツ(P5+1)の利害がぶつかり、
にっちもさっちもいかなくなっていたイラン問題の6カ国協議ですが、
このところ、アメリカの大変な凋落によって、
イラン・ロシア・中国のSCO(上海協力機構)連合の
ワンサイドゲームによる勝利に落ち着きつつあります。
具体的には、
「イランが20%以上の高濃縮ウランを作らない限り、核開発を認める」
という線で、イランの核施設は承認され、
イランへの経済制裁も解かれる可能性が高くなってきました。
こうなると、安いイラン原油が堂々とマーケットに流れてきますから、
原油価格高騰に悩まされてきた世界経済にとって大きな好材料なのですが、
これに真っ青になる国がふたつあります。
イスラエルとサウジアラビアです。
イスラエルの懸念は当然です。
イランの核施設が保全されるということは、
実質的にイランが「核保有国」として認められるということ。
すでに、イラン革命防衛隊が支援するヒズボラに押しまくられ、
先のみえない消耗戦に悩むイスラエルとしては、
イランの核武装は国家存続の危機を意味します。
それゆえ、かつてシリアやイラクにしたように、
イランへの電撃的な奇襲先制攻撃すらやりかねないのです。
アメリカとしては、米本土に届きっこないイランの核など、
はっきり言ってどうでもいいのですが、
イスラエルをなだめるためだけに、
イランとの核交渉を継続しるようなものですが、
ことほど左様に、イスラエルが何をしでかすかは警戒されているのです。
ただ、日本人が思っているほど、
アメリカ人も一枚岩ではなく、
ユダヤ人や金融ロビーに反発する勢力も日に日に強くなりつつあります。
「中東の安定のためというだけなら、
トラブルメーカーのイスラエルとではなく、
本当の地域大国であるイランと組んだほうが、
何事もうまくいく」
といって、イランとの同盟を主張する人も出てきました。
多くのアメリカ人はもう、
中東の民主化だの人権問題だのには辟易しており、
「なんでもいいから2度と中東に兵を送りたくない」
というのが本音です。
イランが悪の帝国だか何だかしらないけど、
中東のテロリストを取り締まってくれるなら、
それでいいということを言う人が増えてきているのです。
「狂人」アフマディネジャド大統領の退陣の後、
理知的で物腰柔らかなロウハーニー大統領に交代したことも、
アメリカ人の対イラン・イメージに大きな影響を与えています。
しかし、「アメリカがイスラエルに乗り換える」などという兆候が、
少しでもみえたら、イスラエルおよびユダヤ人ロビーは、
恐ろしい巻き返しをはかる可能性があります。
私達が日々、その力を痛感しているユダヤ人マネーは、
ひとたび「祖国」イスラエルに危機が迫ったときに、
いったいどんな動きをみせるのか予測がつきません。
もうひとつ、イランの台頭で脅威を受ける国があります。
サウジアラビアです。
「メッカの守護者」を名乗るサウド王家ですが、
中東の多くの人々は、内心、複雑な気持ちでサウド家をみてきました。
サウジアラビアは建国100年に満たない、
(中東の基準では)極めて新しい「人口国家」です。
オスマントルコ帝国解体後の真空を埋めるため、
当時の列強の力関係によって「とりあえず」建国されました。
それゆえ、いわば英米の中東支配の「道具」として、
便宜的にアラビア半島を与えられた「土豪」サウド一族が、
スンニー世界を代表するような顔をすることへの疑問はかなり根強いのです。
また、一切の努力をしないで生涯遊んで暮らす王族約30万人(!)が、
アラブ民族の宝である石油をほぼ独占してきたことには強い反発があります。
それでも、豊富な石油資金と、米英の軍事力を背景にした
サウジアラビアはスンニー派世界を代表する地域大国であり、
このサウジアラビアが米国およびイスラエルと
協調路線をとってきたことで、
中東の和平はかろうじて保たれてきました。
しかし、もし、米国がイランに「乗り換え」て、
安いイラン原油がマーケットにあふれることになれば、
事情はまるっきり変わります。
原油価格の値崩れがサウジ経済を崩壊させ、
米英の援護を失ったサウド王家支配が、
終焉する可能性すらあるのです。
実際、米国のシンクタンクでは、
アラビア半島は旧オスマントルコの行政区にしたがって、
5つくらいの国に分裂するシナリオを発表しています。
また、サウジの弱体化とイランの強大化によって、
スンニー派はどんどんその勢力圏を縮小し、
かわりにイラン革命防衛隊に支援されたシーア派勢力が、
中東各地で優勢になりつつあります。
イラクもすでにシーア派の手におち、
年内にも分裂国家となるといわれていますし、
内戦が続くシリアもまた、
イランの強い影響もあって米英には手を出せない聖域となりました。
こうしたこともあり、
イラン問題の解決で確定する「中東のパワーシフト」が、
世界経済に大きな影響を与える大問題を
引き起こしかねないという分析が、
米国をはじめ世界の専門家たちの間でなされていることは、
覚えておきたいと思います。
これはやがて、相場の世界でもコンセンサスとなり、
「材料」を狙って虎視眈々としているヘッジファンドが、
いずれ「売り材料」として利用してくる可能性があるからです。
BIITS危機もそうでしたが、
だいたい、話が広がって数ヶ月から半年程度で、
些細なきっかけをつかんで、ヘッジファンドが「イベント化」してきます。
今、米国とロシアはウクライナ問題で生じた亀裂を、
どのように修復し、埋めていくのか「神経戦」が続いていますが、
水面下の交渉メニューには当然、イランの核問題も入っています。
米国とロシアが完全なる「手打ち」をし、
中東でイランの核問題も「解決」して、
「よかった、よかった」となった瞬間から、
次のグローバル・リスクが始まるということは、
相場の世界のからくりを理解する上でも、
いい教材になるのではないでしょうか。
この件、日本のメディアや専門家はほとんどまだノーマークですので、
皆さんにお伝えいたしました。
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そのシナリオ(安いイラン原油がマーケットにあふれることがトリガー)は考えつきませんでした。いつもながら貴重な分析を読ませていただきありがとうございます。
原油輸出国サウジアラビア王国の崩壊(より正確には転覆)こそは、日本国を含めた100%原油輸入の各国経済(金融マーケット含む)に巨大なダメージを与えることになるグローバルリスクでございますね。
しかしもしサウジ崩壊ともなれば、今度はイラン産原油程度ではパニックを鎮めるには「焼石に水(油?)」となることを危惧します。
米国との「裏のパイプ役」バンダル王子の失脚説についても興味深いので真偽について伺いたいのですが、貴ブログの趣旨から外れそうですので慎みます。
そもそも原理主義ワッハーブ派のサウド王家が支配する「部族国家」サウジが、世俗的な人々をも包含するスンニ派の正統であり続けることができるのか私には疑問でございましたが。
コメントありがとうございます。
バンダル王子失脚の真偽については書けませんが、彼ほどの大物に失脚説が流れたこと自体が、サウジ国内で大きな異変が起こりつつあることを示しています。
また、1バレル100ドルという原油価格は、やはり「異常値」です。それゆえ、超地政学的危機を煽り立てて異常な高値に吊り上げてきた人々が、今度は売りに入るタイミングをみはからっているといいます。シェールガス、シェールオイルの登場や中国など新興国の減速、また、地球温暖化対策など、価格下落要因はいくらでもありますので、イランの制裁解除をきっかけにして、本格的に「反転イベント」を起こすシナリオは、ヘッジファンドとしても乗りやすいのではないでしょうか。
原油価格下落に最も困るのもうひとつの国がロシアです。プーチンの権力基盤にも直結しますので、その次の次のシナリオにつながっていくでしょう。
こうしたことをふまえて、今、米ロは駆け引きを演じています。